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セラの帰還とアークセリアへの旅 ②

last update Last Updated: 2025-05-26 15:21:09

 広場は救護の準備に追われ、集落の人々が休む間もなく動き続けている。

 物資を運ぶ者、負傷者の受け入れに備える者──すべての手が休むことなく動き、低い声が飛び交っている。

 そんな慌ただしさの中で、サラの言葉だけが異質に響いて聞こえた。

 リノアは騒がしい広場の空気に一瞬の違和感を覚えながらも、サラの言葉を受け止めようと耳を傾けた。

 クローヴ村で起きていること──その意味を、すぐにでも理解する必要がある。

「さっき青白い光を見たって言ってたけど……」

 エレナが手を動かしながら言った。

「アリシアと会う予定だったのですが、あの光を見たら怖くなってしまって……。今回はクローヴ村に行くのを諦めます。タリスには言伝を頼んであるし」

 サラは小さく肩を落とした。

「青白い光のことなんだけど、その話、もっと詳しく聞かせてもらっても良い? ここの集落の人たちにも聞いてもらった方が良いしね」

 エレナが表情を引き締めながら言った。

 救護の準備が終えつつあり、広場が落ち着きを取り戻し始めた。物資の整理を終えて、治療に専念できるようになった者たちが疲れた様子で腰を落ち着かせている。

 だが、広場に満ちる緊張は消えない。準備が一段落した今、次に何が起きるのかを誰もが不安に感じていた。

 サラの話が新たな不穏な空気を運んできたのだ。

 草花が枯れた……か。

 崩落現場や星見の丘と同じ異変がクローヴ村の近くで起きるなんて……

 サラは周囲を見渡した。

 長い距離を走ってきたせいか、額には汗がにじみ、呼吸はまだ落ち着かない。周囲の喧騒の中で自分の言葉がどれほどの重みを持つのかを想像し、サラは気を引き締めた。

 震える指先を服の端に絡め、躊躇いがちに視線をさまよわせる。

「タリスと一緒にクローヴ村へ向かったときのことなのですが……」

 サラは浅く息をつきながら続ける。

「私たちは崩落現場の救護を求めに急いで村へ向かっていたんです。でも、森を抜ける途中で異変が起きてしまって……」

 サラの表情が強張り、指先がわずかに震える。

「不意に周囲の空気が変わったのを感じました。冷たく澄んでいたはずの森が、どこか重く沈んで……そして次の瞬間、地面の奥から青白い光が漏れ出しているのが見えたんです」

 サラが語るたびに周囲の空気が少しずつ張り詰めていく。

「それだけではないんです。光に照らされた周囲の草
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    「クローヴ村の付近で見たってことは、私たちが見た人たちとは別の集団ってことになるよね……」 リノアが言葉を紡ぐと、広場に集まる者たちのざわめきがわずかに落ち着いた。 ヴィクターたちはクローヴ村方面には向かわなかった。それに、そんなに早く移動できるとは思えない。別の集団と見て良いのではないか。「彼らは何者なのですか?」 集落に住む一人の女性がリノアに問いかけた。 リノアが困惑したように首を振る。「それが分からないんです。森の異変と深く関わっていることだけは間違いないけど……。今、その真相を私たちが追っている最中なんです」 そう言って、リノアは顔を伏せた。 リノアたちが集落の人たちに、今まで起きたことを説明している時、広場に馬車の車輪が軋む音が響いた。 救護に向かった集落の人々だ。「戻りました!」 馬車を降りた集落の者が力強く告げると、広場の緊張が一気に高まった。 負傷者を乗せた馬車がゆっくりと中に入って来る。泥にまみれた者、憔悴しきった顔の者──皆、随分と疲れ果てている。「崩落現場はひどい状態でした……。助け出した人の中には、まだ意識が戻らない者もいます」 集落の男性が額の汗を拭いながら報告する。「治療の準備はできています。こちらへ!」 手当てを施す者たちが次々と負傷者を迎え、集落の人々が手際よく治療に取り掛かる。「薬と水を! 一刻も早く処置をしないと」 エレナは迷うことなく負傷者のもとへ駆け寄ると、的確な判断を下しながら治療に取り掛かっていった。「包帯はある? 出血がひどい!」 エレナの声が広場に響き渡る。「この人、意識が朦朧としてる……。誰か水を持ってきて!」 リノアは負傷者の肩をしっかりと支え、馬車から負傷者たちを降ろす手伝いをしながら周囲へ声をかけた。「治療に使える薬草を持っています! 必要な方はすぐ知らせてください!」 負傷者の手当てに追われる混乱の中、セラは薬草の袋を手にしながら状況を見渡し、声を発した。 救護に向かった者たちの疲れた表情。そして助け出された者たちの痛みに満ちた顔…… 救護は順調に進んでいる。しかし集落の人々の顔には緊張が消えることはなかった。 彼らは知っているのだ。これがただの事故では終わらないことを。 広場の混乱がひと段落し、負傷者の手当てが進むにつれ、集落の人々の動きも落ち着き

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